続日本後紀(読み)ショクニホンコウキ

デジタル大辞泉 「続日本後紀」の意味・読み・例文・類語

しょくにほんこうき【続日本後紀】

平安前期の歴史書六国史りっこくしの第四。20巻。藤原良房藤原良相伴善男らの撰。貞観11年(869)成立。仁明天皇の治世(833~50)18年間を、漢文の編年体で記述。続後紀。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「続日本後紀」の意味・読み・例文・類語

しょくにほんこうき【続日本後紀】

  1. 平安前期の官撰国史。六国史の第四番目。二〇巻。文徳天皇の詔を受け、藤原良房・藤原良相・伴善男春澄善縄県犬養貞守撰進。貞観一一年(八六九)成立。「日本後紀」を継ぐもので、仁明天皇治世一八年間(八三三‐八五〇)を編年体で記す。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「続日本後紀」の意味・わかりやすい解説

続日本後紀
しょくにほんこうき

『日本後紀』に続く勅撰(ちょくせん)の歴史書。20巻。「六国史(りっこくし)」の4番目。833年(天長10)の仁明(にんみょう)天皇の即位より850年(嘉祥3)の仁明の死去と葬儀に至る18年の歴史を記す。855年(斉衡2)文徳(もんとく)天皇の命により藤原良房(よしふさ)、藤原良相(よしみ)、伴善男(とものよしお)、春澄善縄(はるずみのよしただ)、県犬養貞守(あがたいぬかいのさだもり)の5人が編集にあたり、清和(せいわ)天皇の869年(貞観11)に完成・奏上した。この間、良相は病死、善男は応天門(おうてんもん)の変によって伊豆に流され、貞守は駿河守(するがのかみ)となって赴任したため、残った良房、善縄によって奏上された。これまでの国史は数代から数十代の天皇の時代のことを扱っているのに対し、本書は仁明天皇一代を対象とする点が特色で、記事も詳しい。古写本には1136年(保延2)の写本を影写した高柳光寿(みつとし)旧蔵本があり、巻5、巻8の2巻が現存する。そのほかに室町時代書写の三条西(さんじょうにし)家本系統の写本があるが、錯簡、脱文、省略が多い。『国史大系所収

直木孝次郎

『坂本太郎著『六国史』(1970・吉川弘文館)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「続日本後紀」の意味・わかりやすい解説

続日本後紀【しょくにほんこうき】

日本後紀》に次ぐ勅撰の歴史書。六国史(りっこくし)の第4。20巻。藤原良房(よしふさ)・春澄善縄(はるずみのよしただ)らの編で869年成立。833年−850年までの仁明(にんみょう)天皇1代18年間の歴史を編年体で記述し,平安初期の根本史料
→関連項目有智子内親王霧島山柘枝伝説

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

改訂新版 世界大百科事典 「続日本後紀」の意味・わかりやすい解説

続日本後紀 (しょくにほんこうき)

日本古代の史書。六国史の第4。20巻。仁明天皇1代,833年(天長10)から850年(嘉祥3)にいたる18年間の歴史を記す。文徳天皇の命により,藤原良房,春澄善縄らが編纂にあたり,清和天皇の869年(貞観11)に完成奏上。以前の国史の体裁を追いながらも,天皇1代の実録としての性格を強めており,記事詳密,体裁も整備されている。ただし現存の写本には錯簡,脱文,省略等が多い。《新訂増補国史大系》所収。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「続日本後紀」の意味・わかりやすい解説

続日本後紀
しょくにほんこうき

日本後紀』に続き天長 10 (833) 年から嘉祥3 (850) 年にいたる仁明天皇一代の編年史。六国史の一つ。 20巻。貞観 11 (869) 年成立。編修者には藤原氏の北家のなかで,のちの摂関家流の祖にあたる良房やその同調者が多いが,中心となったのは学者春澄善縄。従来の勅撰の歴史書が数代の天皇を扱っているのに対して,これは一代であり,記載も天皇の動静は巨細を問わず掲載している点で,中国流の実録に近い形態である。『国史大系』所収。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

山川 日本史小辞典 改訂新版 「続日本後紀」の解説

続日本後紀
しょくにほんこうき

六国史(りっこくし)の一つで,「日本後紀」に続く4番目の勅撰の正史。20巻。869年(貞観11)藤原良房・春澄善縄(はるずみのよしただ)らにより完成奏上された。淳和天皇の833年(天長10)から仁明天皇の850年(嘉祥3)までを漢文編年体で記す。承和の変がおこり,皇太子恒貞(つねさだ)親王が退けられ,道康(みちやす)親王(文徳天皇)が立太子するなど,藤原北家が摂関家として権力を獲得していく過程が記されている。先行の3正史と比べて,本書の記事は広範かつ詳細であるが,伝来の過程で脱漏や錯簡が生じている。「新訂増補国史大系」所収。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

旺文社日本史事典 三訂版 「続日本後紀」の解説

続日本後紀
しょくにほんこうき

平安前期の勅撰歴史書。六国史の第4番目
20巻。『日本後紀』のあとをうけて,文徳天皇の勅命により藤原良房・藤原良相 (よしみ) ・伴善男 (とものよしお) らが撰修。仁明 (にんみよう) 天皇の一代(833〜850)18年間を編年体で記した史書。869年に完成。

出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android