《ウライ河畔の戦》(読み)うらいかはんのたたかい

世界大百科事典(旧版)内の《ウライ河畔の戦》の言及

【アッシリア美術】より

…サルゴンの後継者たちは主としてニネベに宮殿を営んだが,なかでもアッシュールバニパル(在位,前668‐前627)は宮殿にさまざまな題材を扱った多くの浮彫を残した。王の遠征のようすを扱った浮彫としては,《ウライ河畔の戦》が知られる。ここでは,古くから伝えられてきた画面を横長に分け説話風に図柄を展開していく方式が破られ,全体が一つの大きな画面にまとめあげられている。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」