《パラメデス》(読み)ぱらめです

世界大百科事典(旧版)内の《パラメデス》の言及

【フォンデル】より

…19年,32歳のころからホーフトをはじめ同世代の学者,文人と交わり,ギリシア・ローマの古典を研究して,とくにセネカやソフォクレスなどの悲劇詩人から深い影響を受けた。25年に発表された悲劇《パラメデス》はギリシア伝説に取材して,政治家オルデンバルネフェルトを反逆罪で処刑(1619)した総督マウリッツとその同調者らを風刺したもので,詩人の才能の開花期の代表作とされている。オランダの年代記に取材した史劇《アームステルのヘイスブレヒト》(1637),悲劇《ドタンのヨセフ》(1640)を書いた50歳代からようやく円熟期に入った。…

※「《パラメデス》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」