今宿(大阪)(読み)いまじゅく

世界大百科事典(旧版)内の今宿(大阪)の言及

【守山[市]】より

…東下りの場合〈京発ち守山泊り〉の言葉にみるように,京からの1日平均旅程の位置にあり,宿泊客が多かった。正徳年間(1711‐16)には本宿守山の東につづく吉見と西につづく今宿を加宿として付属させ,一連の宿場町を形成していた。1843年(天保14)には,宿内町並み11町53間余であり,人口1700人,家数415軒(うち本陣2,脇本陣1,旅籠屋(はたごや)30)を数えた。…

※「今宿(大阪)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」