天草五人衆(読み)あまくさごにんしゅう

世界大百科事典(旧版)内の天草五人衆の言及

【天草諸島】より

…天草の名は《続日本紀》に初めて見え,《和名抄》では波太,天草など5郷に分かれている。13世紀の初めに,天草氏が本戸(砥)(現在の本渡)の地頭に任ぜられ,戦国時代には志伎,天草,上津浦,大矢野,栖本の天草五人衆が各地に割拠していたが,豊臣秀吉の九州平定以後,小西行長の支配に属した。16世紀後半にはキリスト教が伝わり,信仰の波が全島に広がった。…

※「天草五人衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」