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《カビリア》 かびりあ

世界大百科事典内の《カビリア》の言及

【イタリア映画】より

…ブームの先鞭をつけたのがルイジ・マッジ監督《ポンペイ最後の日》(1908)で,18分弱の短編であった。次いで,エンリオ・グアッツォーニ監督《クオ・バディス》(1912),マリオ・カゼリーニ監督《ポンペイ最後の日》(1913),そして史劇映画の頂点となるピエロ・フォスコ(ジョバンニ・パストローネの別名)監督《カビリア》(1914)が世界的な大ヒットを記録して未曾有(みぞう)の史劇ブームが到来した。いずれも2時間をこえる超大作で,このような長編映画の成功が短編主体だったアメリカ映画に長編映画製作の大きな刺激と糸口を与えたのである。…

【サイレント映画】より

…ジョルジュ・メリエスが発見したトリック撮影による荒唐無稽な喜劇や《月世界探険》(1902)がつくられたフランスでは,文学や演劇と結びついて〈文芸映画〉が生まれ,舞台劇を引き写した《ギーズ公の暗殺》(1903),さらにデュマ,ゾラ,ユゴーらの原作から《キーン》,《惨殺者》(ともに1910),《レ・ミゼラブル》(1912),《ジェルミナール》(1913)などがつくられ,また劇作家に脚本を書かせて映画の〈芸術化〉が試みられ,サラ・ベルナール主演の《椿姫》(1911)や《エリザベス女王》(1912)がつくられた。一方,イタリアでは,《クオ・バディス》(1911)をはじめローマ史を背景とした小説や劇の映画化によって徹底したかたちの〈芸術化〉が試みられて〈歴史スペクタクル〉と呼ばれるスタイルをつくりあげ,詩人・小説家ガブリエル・ダンヌンツィオが製作に参加した《カビリア》(1914)は,雄大な自然と歴史的建造物を背景にしたロケーションと移動車による移動撮影によって映画的空間を拡大し,〈歴史スペクタクル〉の頂点を示した。原始的で幼稚な〈もの言うフィルムsprechender Film〉などもつくられていたドイツでも,フランスの〈文芸映画〉にならって文学作品の映画化が始まり,シラーの《ドン・カルロス》(1910),シュニッツラーの《恋愛三昧》(1912),ハンス・ハインツ・エーウェルスの《プラーグの大学生》(1913),ワーグナーの楽劇《タンホイザー》(1914)などが映画化され,〈活動〉(キーントップ)から〈映画〉(キーノ)へ,さらに〈映画芸術〉(フィルムクンスト)への道をたどり始めた。…

【スペクタクル映画】より

…巨費を投じ,けんらん豪華なセットを組み,エキストラを動員し,スケールの大きさを強調した超大作のことだが,ハリウッドではセックス,暴力,聖書,スペクタクルが〈病める映画産業の万能薬〉といわれるように,もっとも興行価値の高い映画ジャンルとみなされ,映画史的にももっとも古い伝統をもっている。その原点が映画草創期の1900年代からつくられはじめたイタリアの古代史劇で,当時ローマ史を背景とした文学作品があいついで映画化され,その多くは動きの少ない絵巻物的作品に終わったが,5000人のエキストラとほんもののライオン30頭を登場させてローマの炎上やキリスト教徒の殺戮(さつりく)を描いた6000フィート,9巻,2時間の《クオ・バディス》(1912)と,ローマとカルタゴの第2次ポエニ戦争を題材とした12巻(オリジナル版は4時間を超えたといわれる)の《カビリア》(1914)はスペクタクル映画の草分けとなった。とくに後者はイタリアのサイレント映画の頂点を示す作品であり,著名な詩人,小説家,劇作家,軍人であったダンヌンツィオが荘重華麗な文学的字幕を書いたことでも知られ,スペイン出身の名カメラマン,セグンド・デ・チョーモン(1871‐1929)の移動撮影や,のちにハリウッドで〈レンブラント・ライティング〉と名づけられた人工光線による下からの仰角(あおり)ぎみの照明といった革新的な技術が各国の映画に大きな影響をあたえ,アメリカのD.W.グリフィスは《カビリア》のプリントを1本手にいれてつぶさに研究し,アメリカ最初のスペクタクル映画《国民の創生》(1915)と《イントレランス》(1916)をつくった。…

※「《カビリア》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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