《嗚呼玉杯に》(読み)ああぎょくはいに

世界大百科事典(旧版)内の《嗚呼玉杯に》の言及

【学生歌】より

…はじめは唱歌,軍歌の替歌であったが,1901年の《アムール河の》(塩田環作詞,栗林宇一作曲),《春爛漫の》(矢野勘治作詞,豊原雄太郎作曲)あたりから学生自身が作曲するようになった。翌02年の《嗚呼玉杯に》(矢野勘治作詞,楠正一作曲)は,新時代を象徴する歌として演歌師によっても歌い広められ,学生のみならず一般の流行歌となった。その後一高にならって多くの学校で寮歌が作られた。…

※「《嗚呼玉杯に》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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