《改精算法》(読み)かいせいさんぽう

世界大百科事典(旧版)内の《改精算法》の言及

【会田安明】より

…そのころ有名であった藤田貞資の弟子になろうとしたが,感情のもつれから成功しなかった。会田は藤田の著書《精要算法》(1781)を訂正した《改精算法》(1785)を出版した。この出版により,藤田の弟子の神谷定令によるきびしい攻撃を受けた。…

【和算】より

…この書は代表的な数学遊戯の書として今に至るまで読まれている。そのころ,山形から江戸に出て,数学者になろうと考えた会田安明(1747‐1817)は,藤田貞資の弟子になろうとして果たせず,藤田の名著《精要算法》を批判した《改精算法(かいせいさんぽう)》(1785)を出版したことから,藤田の属する関流と,会田が起こした最上流(さいじようりゆう)とで論戦が始まった。この論戦は約20年続き,これによって討論らしきものができかかった。…

※「《改精算法》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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