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《明烏后正夢》 あけがらすのちのまさゆめ

世界大百科事典内の《明烏后正夢》の言及

【明烏】より

…(1)歌舞伎舞踊。新内と清元が有名。1772年(安永1)初世鶴賀若狭掾が作曲した《明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)》が新内の名曲として流布し,1851年(嘉永4)2月江戸市村座の《仮名手本忠臣蔵》8段目の裏に,清元に移した《明烏花濡衣》として舞台に上り,同年3月大坂筑後の芝居(大西の芝居)で新内で演じられた。以後53年大坂浜の操り芝居で義太夫《明烏雪の曙》,のちの《明烏六花曙》になり,新内《明烏后真夢(のちのまさゆめ)》,常磐津《夢泡雪》,同名異曲《新明烏》が作られた。…

【為永春水】より

…江戸後期の人情本作者。本名は鷦鷯(ささき)(佐々木)貞高,通称は越前屋長次郎。2代目振鷺亭(しんろてい)主人,三鷺(さんろ),2世南仙笑楚満人(なんせんしようそまひと),狂訓亭主人,金竜山人とも号し,講釈師として為永正輔(助),為永金竜を名のった。江戸の町家の出身らしいが前半生の経歴は明らかでない。文化(1804‐18)末年ごろから書肆青林堂を経営するかたわら,振鷺亭,柳亭種彦,式亭三馬に入門,1819年(文政2)に処女作の人情本《明烏後正夢(あけがらすのちのまさゆめ)》初編を発表,次々に作品を世に送り,27年ごろには人情本作者としての地位を確立した。…

【真夢】より

…新内節の曲名。本名題《明烏後真夢(あけがらすのちのまさゆめ)》。〈正夢〉とも書く。新内節の《明烏(あけがらす)》が有名だったので,その後日談として滝亭鯉丈(りゆうていりじよう)と2世南仙笑楚満人(後の為永春水)の合作による,人情本《明烏後正夢》が出版され(1819‐24),ベストセラーになった。その題名をかりて富士松魯中が1857年(安政4)5月に作詞作曲したもの。上中下に分けられる。上は廓を抜け出た浦里・時次郎が,深川猿江大島への道行で,他流の曲節を巧みに用いた面白い曲節。…

※「《明烏后正夢》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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