《破吉利支丹》(読み)はきりしたん

世界大百科事典内の《破吉利支丹》の言及

【排耶書】より

…排耶書は37年(寛永14)に起こった島原の乱を契機にして民衆教化のために利用され,幕府の鎖国政策を擁護して民衆の間に反キリシタン思想を鼓吹した。鈴木正三は天草地方の民衆教化のため《破吉利支丹》を著し,豊後臼杵の僧雪窻宗崔(せつそうそうさい)は《対治邪執論(たいじじやしゆうろん)》を書いて特異な排耶論を展開したが,しだいに一般大衆を対象とした読み物風の通俗的な排耶物語《吉利支丹物語》《吉利支丹退治物語》《南蛮寺物語》《南蛮寺興廃記》などが流布するに至った。【五野井 隆史】。…

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