世界大百科事典(旧版)内の《西郷隆盛像》の言及
【高村光雲】より
…1891年光雲と号し,帝室技芸員,帝国美術院会員となり,官展系木彫の重鎮であった。代表作に《老猿》《楠公銅像》《西郷隆盛像》などがある。著書に《光雲懐古談》がある。…
【銅像】より
…また1890年には大阪の住友家が東京美術学校に《楠公像》の制作を依頼し,高村光雲を原型制作主任として,木彫原型から鋳造したのは93年であった。高村は《西郷隆盛像》の依頼をうけ97年に完成したが,これも木彫原型からの鋳造であった。このように明治20年代(1887‐97)になって銅像彫刻の制作が盛んになったが,これはこの時期に国家体制の整備と並行して,大彫刻に対する社会的関心や需要がおこったためである。…
※「《西郷隆盛像》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」