世界大百科事典(旧版)内の《解剖学業績》の言及
【リオラン】より
…1619‐22年に大学の解剖講堂を,27年に自然科学と医学の研究所を兼ねた王立植物園(ジャルダン・デ・プラント)を建設した。多くの解剖学上の発見は著書《解剖学業績》(1628‐29)にまとめられた。“解剖学のプリンス”とよばれたが,自説をまげない頑固さが欠点で,W.ハーベーの血液循環説に強く反対した。…
※「《解剖学業績》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…1619‐22年に大学の解剖講堂を,27年に自然科学と医学の研究所を兼ねた王立植物園(ジャルダン・デ・プラント)を建設した。多くの解剖学上の発見は著書《解剖学業績》(1628‐29)にまとめられた。“解剖学のプリンス”とよばれたが,自説をまげない頑固さが欠点で,W.ハーベーの血液循環説に強く反対した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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