世界大百科事典(旧版)内のアザンクールの戦の言及
【シャルル[6世]】より
…親政がはじまってから4年後(1392),彼は発狂し,国内諸貴族は相対立するオルレアン公を中心とするアルマニャック派とブルゴーニュ公を中心とするブルゴーニュ派に分裂した。この機に乗じ,イギリス王ヘンリー5世はアザンクールの戦(1415)で,弓兵隊を用いてフランス騎士隊に大勝した。その後,王女カトリーヌをヘンリーの妃とし,ヘンリーをフランス王位継承者とするという条件で,トロアの和約(1420)が結ばれた。…
※「アザンクールの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」