アスクレピオス神殿(読み)あすくれぴおすしんでん

世界大百科事典(旧版)内のアスクレピオス神殿の言及

【エピダウロス】より

…当地でこの信仰が始まったのは前7世紀のことであるが,聖域の重要な建物はすべて前4世紀以降のものである。前390‐前80年ごろのアスクレピオス神殿(ドリス式,6×11柱)は黄金象牙の本尊座像を安置し,ティモテオスTimotheosが装飾した破風彫刻(アテネ国立考古美術館蔵)は重要な遺品である。前360‐前30年ごろポリュクレイトス2世の手になる,聖蛇を入れるための(?)円形建物トロス(26の外柱はドリス式,14の内柱はコリント式)は建築意匠の粋を凝らしたもので,多数の部材が当地の美術館に残っている。…

※「アスクレピオス神殿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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