アッティカ主義(読み)あってぃかしゅぎ

世界大百科事典(旧版)内のアッティカ主義の言及

【ディオニュシオス・ハリカルナッセウス】より

…小アジアのハリカルナッソス出身で,前30年頃からローマに居住し,弁論術を教授するかたわらローマ史研究に従事した。修辞学や文芸批評の論文には《語順論》《模倣論》《トゥキュディデス論》などがあり,前5~前4世紀のアッティカ古典時代への復帰運動を提唱して,〈アッティカ主義〉の先駆者となった。歴史家としては,ローマの建国から第1次ポエニ戦争のはじめまでを扱った《ローマ古代史》20巻を著した。…

※「アッティカ主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む