《アマチュア・ムービース》(読み)あまちゅあむーびーす

世界大百科事典(旧版)内の《アマチュア・ムービース》の言及

【実験映画】より

…戦争とともにこの種の実験映画の動きは消滅したかに見えたが,やがて〈アンダーグラウンド映画〉としてよみがえることになる。 日本の実験映画は,1955年に大辻清司らグラフィック集団による《キネカリグラフィ》の製作が最初といわれるが(松本俊夫《日本実験映画素描》),それ以前にもすでに1928年には西村正美編集による日本最初のアマチュア映画誌《アマチュア・ムービース》が創刊されており,アマチュア映画=個人映画としての〈実験映画〉の前史があったと見られる(〈小型映画〉の項目参照)。60年前後から足立正生,城之内元晴らの〈日大映画制作グループ〉の活動(《鎖陰》(1962)などを自主製作),〈実験映画を見る会〉,草月アートセンター(1958年6月落成)による〈実験映画祭〉などが注目され,アンダーグラウンド映画運動の草分けになった。…

※「《アマチュア・ムービース》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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