アルウェルニ族(読み)あるうぇるにぞく

世界大百科事典(旧版)内のアルウェルニ族の言及

【ローマ】より

…前133)をもってようやく終止符が打たれた。リグリア族,アロブロゲス族,アルウェルニ族の制圧(前125‐前121)以後,南ガリアもローマの属州となった。
[末期,内乱期(前133‐前31)]
 海外領支配によるローマ社会そのものの変質と,ローマ軍の弱体化という深刻な問題を解決すべく,グラックス兄弟(兄ティベリウス,弟ガイウス)は相次いで護民官となり(兄は前133,弟は前123),土地の再分配政策を掲げて改革運動を行ったが,いずれも反対派によって殺された。…

※「アルウェルニ族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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