アーナンタ(読み)あーなんた

世界大百科事典(旧版)内のアーナンタの言及

【ラタナコーシン朝】より

…ラーマ7世のとき〈立憲革命〉(1932)が発生して絶対王制が崩壊し,立憲君主制国家タイが成立すると,王は病気治療のためイギリスに赴いたまま1935年退位を宣言した。 後継者となった当時10歳でスイス留学中の国王アーナンタはスイスにとどまったまま第2次世界大戦を迎え,戦後一時帰国中不慮の死を遂げた。10余年にわたる王政の事実上の空白は,アーナンタの弟で同じくスイスに留学していたプーミポンが9世王として即位することによりようやく埋められることとなった。…

※「アーナンタ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む