イェクノ・アムラク(読み)いぇくのあむらく

世界大百科事典(旧版)内のイェクノ・アムラクの言及

【エチオピア】より

…7世紀にはいって,紅海を隔てたアラビア半島がイスラム教徒の支配下に組みこまれると,エチオピアはそれまでつづいたアラブ圏との接触を断たれ,孤立化したものの,逆に中央部への進出がこの時期に本格化しはじめた。9世紀にはいるとアクスム王国の衰退がはじまり,12世紀には権力は南方のザグウェ王朝の手に移ったが,13世紀後半にはイェクノ・アムラクによって再びソロモン王朝の手に権力が回復された。 これ以後19世紀半ばにいたるまでのあいだ,エチオピアの歴史にはいくつもの起伏がみられた。…

※「イェクノ・アムラク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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