イスラム三彩(読み)いすらむさんさい

世界大百科事典(旧版)内のイスラム三彩の言及

【唐三彩】より

…そうなると造形も釉調もかつてのような豊麗さはなく,新様式にそって再生されることとなったが,華麗なる展開はみられない。この時期の三彩は他の焼物と同じように外国に輸出され,盛唐三彩が渤海,新羅(新羅三彩),日本(奈良三彩)など近隣諸国で模倣されたのに対して,遠く西アジアの陶芸に大きな影響力をもち,かの地にイスラム三彩をうむ契機となった。唐三彩の窯は洛陽市の東郊,鞏県大黄冶・小黄冶に発見されており,この窯は盛唐・晩唐の両三彩をつづいて焼造しているようであるが,このほかにも知られざる窯が長安(西安)や洛陽市近郊にあると予想される。…

※「イスラム三彩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む