イタリア領ソマリランド(読み)いたりありょうそまりらんど

世界大百科事典(旧版)内のイタリア領ソマリランドの言及

【ソマリア】より

…同じころ南部への進出をもくろみ始めたイタリアは,まず1885年に最南部の下ジューバ地域へ遠征隊を送って,同地域の管轄権をもつザンジバルのスルタンと通商条約を結んだ。イタリアはさらに北方をうかがい,92年にはモガディシュ,メルカ,ブラバ,ウアルセイクなどの諸港の支配権をスルタンから譲り受け,94年には協定によって南部地域の支配権をイギリス,フランスに認めさせ,その後も勢力を拡大して1908年までにイタリア領ソマリランドと呼ばれる地域の直接的支配権を確立した。 こうした植民地主義勢力の進出に対して,19世紀末にサイイド・ムハンマド(1864‐1920。…

※「イタリア領ソマリランド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む