世界大百科事典(旧版)内のイングーシ人の言及
【イングーシ[共和国]】より
…第2次大戦期スターリンによる強制移住を被ったが,57年に名誉回復が行われ,自治共和国が復活した(〈チェチェン〉の項を参照)。チェチェン人58%,イングーシ人13%,ロシア人23%(1989)とイングーシ人は少数派であり,イングーシ共和国の分離形成をめざす運動が起こった。当初反対したチェチェンのドゥダエフは,91年12月分離,国境画定委員会設置に同意し,92年6月ロシアもイングーシ共和国を正式に認めた。…
【ソビエト連邦】より
… ザカフカス地方の主要民族は上記のアゼルバイジャン人と,古い文化をもつアルメニア人,グルジア人であるが,言語系統も文字も伝統宗教も異にしている。カフカス山中から北麓にかけては,グルジア語と同系のカフカス諸語の言語をもつカバルダ人,イングーシ人,アディゲ人,チェチェン人が居住し,山脈の南と北に分かれて,イラン系のオセット人の集団がある。面積5万km2,人口165万のダゲスタン地方は,主要民族だけで10,言語は30を数えることのできる,世界でもきわめて特異な地域である。…
【チェチェン[共和国]】より
…両者を合わせた地域名はチェチェノ・イングーシェチアChecheno‐Ingushetiyaで,その面積1万9300km2,人口127万(1989。うち,チェチェン人が57.8%,イングーシ人が12.8%)。首都グロズヌイ(人口40万1000)。…
※「イングーシ人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」