ウバイド・アッラーフ(読み)うばいどあっらーふ

世界大百科事典(旧版)内のウバイド・アッラーフの言及

【ファーティマ朝】より

…909‐1171年。北アフリカのベルベルの支持を秘密運動によって結集することに成功したイスマーイール派は,アリーおよびファーティマの血を引くと称するウバイド・アッラーフ‘Ubayd Allāh al‐Mahdī(?‐934)をシリアからイフリーキーヤに招いてマフディー(救世主)とし,909年,アグラブ朝を倒してカリフに推戴した。これがファーティマ朝の始まりである。…

※「ウバイド・アッラーフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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