エトルリア王国(読み)えとるりあおうこく

世界大百科事典(旧版)内のエトルリア王国の言及

【トスカナ[州]】より

…この時代のトスカナはロンバルディアとともにイタリアにおける啓蒙的改革の中心であり,メディチ家支配時代の停滞を脱する兆しを見せた。ナポレオンの征服の後トスカナはエトルリア王国となり(1801),さらにフランスに併合された(1808‐09)。ナポレオン法典の制定,教会財産の売却などの革命の成果がトスカナに導入された。…

※「エトルリア王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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