エポニム制(読み)えぽにむせい

世界大百科事典(旧版)内のエポニム制の言及

【アッシリア】より

…しかしまたアッシリアの歴史の後進性・周縁性・ダイナミズムを反映した,民族的伝統の保持・発現の側面もある。各年を,王族・貴族・高官の中から1名選んだ最高官リンムlimmuによって名づけ記録する古来のエポニム制が世界帝国時代まで保持されたこと,アッシリア王名表中の〈天幕(テント)に住んだ〉とされる最初の17人の部分は,前サルゴン期にさかのぼる古い伝承を伝えていること,中期アッシリアの法書が刑量の非常な過酷さを示していること,またアッシュールナシルパル2世,ティグラトピレセル3世,センナヘリブのように,アッシュール神への帰依にもとづく国粋主義政策をほとばしらせる君主がかなり現れたこと,などがそれである。アッシリアがバビロニア文化を受けつぎながら重要な発展を示した領域としては,美術,数学,工学的技術の諸分野がある。…

※「エポニム制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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