オイレンブルク伯(読み)おいれんぶるくはく

世界大百科事典(旧版)内のオイレンブルク伯の言及

【ドイツ】より

…53年(嘉永6)アメリカ艦隊の浦賀来航,次いで58年には幕府がアメリカをはじめ5ヵ国と通商条約を結ぶと,プロイセン政府も,日本,清国,シャム(タイ国)との通商を企図して,艦隊を東アジアに派遣することになった。使節団長にはオイレンブルク伯Friedrich Albrecht Graf zu Eulenburg(1815‐81)(のちプロイセン内相)が任ぜられ,アルコナ号ほか3隻は59年出航,そのうちの1隻フラウエンロープ号は日本近海で遭難したが,その他の船は翌年9月あいついで江戸沖に到着し,使節団は芝赤羽根(今の東麻布)の接遇所に入った。幕府は外国貿易によってすでに物価の値上りなど経済の混乱が生じたことを理由に,プロイセン側の通商要求を拒否した。…

※「オイレンブルク伯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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