オペト祭(読み)おぺとさい

世界大百科事典(旧版)内のオペト祭の言及

【ルクソル】より

…第一中庭は,2列の未開形パピルス柱の柱廊で囲まれ,中にはトトメス3世造営になり,後にラメセス2世によって再建されたテーベ三柱神の聖舟休息所があり,東側は13世紀に建てられたアブル・ハッガーグ・モスクによって占められている。それに続くアメンヘテプ3世の列柱の間は,14本の巨大な開花形パピルス柱とツタンカーメン王によるオペト祭の浮彫がみられる。毎年,2月から3月にかけて祭礼が行われ,アメン神はムート神,コンス神とともに彼に奉じられた神殿を訪問したのであった。…

※「オペト祭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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