カシュカ族(読み)かしゅかぞく

世界大百科事典(旧版)内のカシュカ族の言及

【ヒッタイト】より


[新王国時代]
 この時代の初期の歴史も,資料が乏しく明瞭とはいえないが,トゥドハリヤ2世/ニカルマティ,アルヌワンダ2世/アシュムニカルの2組の王,王妃による年代記,条約文などが比較的残っており,当時の情勢の一端を知ることができる。また,ヒッタイト王国の周辺部では,北シリアでミタンニ王国が隆盛となり,アレッポ,キズワトナに侵攻,またアナトリアの北部ではカシュカ族が優位を誇り,一時はハットゥサも陥落するなど苦境に立たされた。このような窮地の状態から脱し,新王国の基盤を築いたのは,スッピルリウマ1世(在位,前1380ころ‐前1340ころ)である。…

※「カシュカ族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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