世界大百科事典(旧版)内のカフカス総督府の言及
【アゼルバイジャン】より
…かくしてロシア領とイラン領として南北に二分されることとなった(イランのアゼルバイジャンについては後述)。 ロシア帝国はティフリス(現,トビリシ)に置いたカフカス総督府の下,複雑に錯綜した諸民族に対して徹底した植民地的抑圧政策を行った。1870年ロシア中央部よりも後退した形で農奴解放が行われた。…
※「カフカス総督府」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…かくしてロシア領とイラン領として南北に二分されることとなった(イランのアゼルバイジャンについては後述)。 ロシア帝国はティフリス(現,トビリシ)に置いたカフカス総督府の下,複雑に錯綜した諸民族に対して徹底した植民地的抑圧政策を行った。1870年ロシア中央部よりも後退した形で農奴解放が行われた。…
※「カフカス総督府」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...