カロリング家(読み)かろりんぐけ

世界大百科事典(旧版)内のカロリング家の言及

【メロビング朝】より

…王がもはや存在しない東分国では,ピピン2世が自立的な大公権を築いた。彼のワラットに対するテルトリーの戦での勝利(687)はピピンの家系すなわちカロリング家の覇権を決定づけ,ついに子ピピン3世のクーデタにより,メロビング朝はヒルデリヒ3世を最後に崩壊し(751か752),フランク王位はカロリング朝へと引き継がれる。カロリング朝フランク王国【徳田 直宏】。…

※「カロリング家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む