カロリング家(読み)かろりんぐけ

世界大百科事典(旧版)内のカロリング家の言及

【メロビング朝】より

…王がもはや存在しない東分国では,ピピン2世が自立的な大公権を築いた。彼のワラットに対するテルトリーの戦での勝利(687)はピピンの家系すなわちカロリング家の覇権を決定づけ,ついに子ピピン3世のクーデタにより,メロビング朝はヒルデリヒ3世を最後に崩壊し(751か752),フランク王位はカロリング朝へと引き継がれる。カロリング朝フランク王国【徳田 直宏】。…

※「カロリング家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む