カーディー・アルアスカル(読み)かーでぃーあるあすかる

世界大百科事典(旧版)内のカーディー・アルアスカルの言及

【カーディー】より

…行い正しい(アドル)ムスリムで,イスラム法学に造詣の深いことが任命の条件とされた。マムルーク朝ではスンナ派の四法学派を代表する4人のカーディー・アルクダートが置かれ,オスマン帝国ではハナフィー派の2人のカーディー・アルアスカルがこれに相当した。地方行政区画サンジャク(県)の下にいくつかのカダーqaḍā’(裁判区)が設けられ,各カダーにはカーディー・アルアスカルの任命するカーディー(日給150アクチェ未満)と,その推薦によってスルタンの任命するカーディー(日給150アクチェ以上)が派遣されたが,16世紀以降シャイフ・アルイスラームがカーディーの任免権を握った。…

※「カーディー・アルアスカル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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