ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カールッティケーヤ」の意味・わかりやすい解説
カールッティケーヤ
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…カダンバ朝は,バラモンの出自(ゴートラ)を主張し,ベーダ文化の体現を誇示して支配者としての正統性を強調するいわゆる〈アーリヤ化Aryanization〉への志向を示したが,土着文化との融合も進められた。悪魔(ターラカ)を倒す一方で疫病神でもあるという複合的な性格をもち,シバ神の息子としてヒンドゥー教にとり込まれた軍神カールッティケーヤKārttikeya(スカンダSkanda)の崇拝は,その典型的な例であり,チャールキヤ朝等の後の王朝にも受け継がれた。また,ジャイナ教が栄えたことでも知られている。…
…ヒンドゥー教の軍神,神々の将軍。カールッティケーヤ,クマーラなどとも呼ばれ,韋駄天,私建陀などと漢訳される。六面を持ち孔雀を乗物とする。…
※「カールッティケーヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...