ギニア・ミナ商務院(読み)ぎにあみなしょうむいん

世界大百科事典(旧版)内のギニア・ミナ商務院の言及

【インド商務院】より

…16世紀以降ポルトガルの海外交易を統轄した中枢機関。15世紀の西アフリカ沿岸進出に伴って設けられた商取引機関に起源をもち,最初〈ギニア・ミナ商務院〉と呼ばれたが,バスコ・ダ・ガマによって東洋の香料交易が開かれると,1503年から〈インド・ミナ商務院〉,たんに〈インド商務院〉という名称が現れる。すでに国王はアフリカの金取引を独占していたが,06年には東洋の香料交易をも国王独占とし,海外領の通商はすべてリスボンのインド商務院を通じて行われた。…

※「ギニア・ミナ商務院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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