ギャツォ(読み)ぎゃつぉ

世界大百科事典(旧版)内のギャツォの言及

【ダライ・ラマ】より

ツォンカパの開宗したゲルー派仏教が急速に発展して従来の諸派と対立し,それぞれ東西の有力民族と結託して抗争した。ゲルー派の抵抗運動を組織したゲンドゥン・ギャツォの没後,勢力結束の象徴として,反対派の習慣にならってその転生者が選ばれた。この転生活仏ソーナム・ギャツォは1578年青海に赴いてモンゴルのアルタン・ハーンと会い,ダライ・ラマの称号を受けた。…

※「ギャツォ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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