《グルーチョと私》(読み)ぐるーちょとわたし

世界大百科事典(旧版)内の《グルーチョと私》の言及

【マルクス兄弟】より

…その真価をいちはやく認めた1人がイギリスのドキュメンタリー作家ジョン・グリアソンであったことは興味深い。《ラブ・ハッピー》を最後にチコが引退したあと,ハーポとグルーチョは個別に映画やテレビに出演し,もういちど3人を共演させるというビリー・ワイルダーの計画はついに実現しなかったものの,グルーチョの自伝的な回想録《グルーチョと私》(1959)や《グルーチョ書簡集》(1967)をはじめ,何冊かの評伝があいついで出版され,あらためて兄弟の人気が高まり,60年代の終りからその業績は世界的な再評価を得た。72年に,82歳のグルーチョは43年ぶりにニューヨークの舞台にもどってカーネギー・ホールでワンマン・ショーをやり,同じ年,カンヌ映画祭で特別賞を贈られた。…

※「《グルーチョと私》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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