コシオール,S.V.(読み)こしおーる

世界大百科事典(旧版)内のコシオール,S.V.の言及

【大粛清】より

… これら一連の裁判による旧反対派指導者への見世物裁判とならんで,スターリンに忠実な党員もテロル支配の犠牲となった。その中には,ポスティシェフPavel P.Postyshev(1887‐1939),コシオールStanislav V.Kosior(1889‐1939),ルズタークYan E.Rudzutak(1887‐1938)らのように,20年代の反対派批判や集団化においてスターリンに忠実であった党幹部や,バレイキスIosif M.Vareikis(1894‐1939),シェボルダエフBoris P.Sheboldaev(1895‐1937)ら地方党組織の有力幹部が含まれており,第17回党大会の139人の中央委員・同候補中98人が37‐38年に銃殺されたと,フルシチョフは第20回党大会(1956)で暴露している。さらには〈人民の敵〉とされた者の家族も収容所送りとなった。…

※「コシオール,S.V.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む