コスタ・カブラル,A.B.da(読み)こすたかぶらる

世界大百科事典(旧版)内のコスタ・カブラル,A.B.daの言及

【ポルトガル】より

… これに対して,1836年9月産業資本家,手工業者,小商人層を主体とする急進グループ(九月党)は,国内工業のための保護関税を要求して革命を起こし,1822年憲法を復活した。42年,憲章党のコスタ・カブラルAntónio Bernardo da Costa Cabral(1803‐89)が政権に就いたが,彼の近代化政策が保守的な北部農民の反発を招き,46年マリア・ダ・フォンテの乱と呼ばれるポルトガルでは珍しい民衆蜂起がみられた。この反乱はスペイン・イギリス軍の介入によって終結するが,それはイギリス自由貿易主義の勝利をも意味した。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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