サブクティギーン(読み)さぶくてぃぎーん

世界大百科事典(旧版)内のサブクティギーンの言及

【アルプティギーン】より

…アブド・アルマリク1世の下で実権を握り,国政に介入したためホラーサーン総督へと更迭され,さらに君主ヌーフ2世によって,その職を解任され,バルフへ逃亡,962年にサーマーン朝の軍隊を破って,ガズナで独立した。彼の奴隷サブクティギーンSabuktigīn(?‐997)が後継者となり,その後,世襲となったため,史料ではサブクティギーンをガズナ朝の創始者としている。【清水 宏祐】。…

【ガズナ】より

…2世紀のプトレマイオスの地理書に,すでにガザカGazakaの名がみえる。ガズナ朝(977‐1186)の都として知られ,同朝のサブクティギーンとマフムードの墓廟がある。またマフムードの戦勝記念塔が2基,東郊外に立っている。…

※「サブクティギーン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む