サマーリン,Y.F.(読み)さまーりん

世界大百科事典(旧版)内のサマーリン,Y.F.の言及

【スラブ派】より

…ナポレオン戦争後の民族主義とドイツ・ロマン主義の影響のもとにはぐくまれ,直接的にはチャアダーエフの《哲学書簡》(1836)をめぐる論争の過程で形成された。この派のおもな思想家はキレエフスキー兄弟,A.S.ホミャコーフ,アクサーコフ兄弟,サマーリンYurii Fyodorovich Samarin等で,彼らの論敵は西欧派と呼ばれた。1840年代の初頭から50年代にかけて,二つの陣営は西欧とロシアの文化的特質,ロシア文化の自立性,世界史の中でのロシアの役割等の問題に関して,各種のサロンを中心に議論をたたかわせた。…

※「サマーリン,Y.F.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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