サルゼック,E.de(読み)さるぜっく

世界大百科事典(旧版)内のサルゼック,E.deの言及

【アッシリア学】より

…アッシリア文字が複雑な表語文字の用法を持っていることから,アッシリア人がこの文字体系を非セム系民族から借用したとする見解が提出されていたが,反対者もあって論争を引き起こしていた。87年にフランスのサルゼックE.de Sarzecがテルローで発掘を行い,一見してアッシリアの遺物とは異なる人物像や楔形文字の粘土板を発見し,これがシュメール文明との最初の出会いとなった。シュメール遺跡およびメソポタミアの本格的な発掘は,第1次世界大戦後,イギリス,ドイツ,フランス,アメリカ,イラクによって行われることになる。…

※「サルゼック,E.de」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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