サンタ・マリア・プレッソ・イン・サティロ聖堂(読み)さんたまりあぷれっそいんさてぃろせいどう

世界大百科事典(旧版)内のサンタ・マリア・プレッソ・イン・サティロ聖堂の言及

【ブラマンテ】より

…その後ベルガモで働いた記録があるが,1480年前後にはミラノへ来てスフォルツァ家に建築家として仕えていたようである。ミラノでの最初の仕事は,サンタ・マリア・プレッソ・イン・サティロ聖堂であり,この奥行きのない古い堂宇の改装において,彼は透視図法を利用した仮装の内陣のだまし絵を描き,スペースを広く見せかけた。直接の記録は残っていないが,傍証から,ミラノのサンタ・マリア・デレ・グラーツィエ修道院の頭部は,彼が手がけたものと考えられている。…

※「サンタ・マリア・プレッソ・イン・サティロ聖堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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