サンティーボ・アラ・サピエンツァ(読み)さんてぃーぼあらさぴえんつぁ

世界大百科事典(旧版)内のサンティーボ・アラ・サピエンツァの言及

【ボロミーニ】より

…同じく凹凸の強い動きを見せるファサードはよく知られているが,しかしこれは彼の最晩年の工事で,没後完成したものである。ついで手がけた当時のローマ大学の付属礼拝堂,サンティーボ・アラ・サピエンツァSant’Ivo alla Sapienzaは同様な方法の発展であり,その幻想的な空間は彼の達した最高の境地を物語るものであるが,同時に,ドーム頂上の〈知恵〉を象徴する螺旋状の小塔にも示されるように,建物のあらゆる部分が寓意に満たされていることも見のがせない。彼は熱烈な支持者に支えられて財政的に豊かでない修道会の仕事を多く引き受けたが,教皇インノケンティウス10世在位のあいだは,その引立てでサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の改修(1646‐50)のような工事を引き受けている。…

※「サンティーボ・アラ・サピエンツァ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む