《サンフランシスコ・エグザミナー》(読み)さんふらんしすこえぐざみなー

世界大百科事典(旧版)内の《サンフランシスコ・エグザミナー》の言及

【ハースト】より

…82年ハーバード大学に入り,学生雑誌《ハーバード・ランプーンHarvard Lampoon》(《ナショナル・ランプーン》の前身)のビジネス・マネージャーとして活躍したが85年退学。87年父が買い取っていた《サンフランシスコ・エグザミナーSan Francisco Examiner》紙の経営・編集にあたり大成功を収め,95年750万ドルの資金をもってニューヨークに進出,《ニューヨーク・ジャーナルNew York Journal》を買収した。ピュリッツァーの開拓した新聞手法をまね,かつそれを肥大化させ,また高給でスタッフを引き抜くなどして,イェロー・ジャーナリズムなどと攻撃されながらピュリッツァーと激烈な競争を展開し,現代大衆紙の原型をつくり上げた。…

※「《サンフランシスコ・エグザミナー》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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