サンボール・プレイ・クック遣跡(読み)さんぼーるぷれいくっくいせき

世界大百科事典(旧版)内のサンボール・プレイ・クック遣跡の言及

【真臘】より

…在位611‐628?)は,616年に初めて中国(隋)へ朝貢した。王都の伊奢那城(現在のサンボール・プレイ・クック遣跡で,コンポントム州にある)は,王が謁見する大会堂と戸数2万以上の大城であり,国内には30あまりの大城があったという。639年にはバババルマン2世が在位し,息子のジャヤバルマン1世Jayavarman I(在位657‐681)が南部のメコン川デルタ地帯までを征服し,国内を統一した。…

※「サンボール・プレイ・クック遣跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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