サン・レモ会談(読み)さんれもかいだん

世界大百科事典(旧版)内のサン・レモ会談の言及

【セーブル条約】より

…第1次世界大戦後の講和条約の一つで,1920年8月10日,パリ西郊のセーブルSèvresにおいてオスマン帝国のスルタン政府が受諾した条約。オスマン帝国の分割プランは戦時中から戦後にかけてさまざまの機会に取り上げられたが,20年4月の英仏サン・レモ会談で最終案が固まり,これが講和条件の基礎となった。その内容はオスマン帝国にとって不利なものであり,オスマン帝国はエジプト,アルメニア,シリア,メソポタミア,レバノン,パレスティナ,アラビア半島に対する主権を手放し,アフリカと地中海諸島における権利を放棄し,クルディスターンの自治を認め,ダーダネルスおよびボスポラス海峡を非武装化し国際管理のもとに置いた。…

※「サン・レモ会談」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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