シクストゥス(読み)しくすとぅす

世界大百科事典(旧版)内のシクストゥスの言及

【キリスト教】より

…ニコラウスをふくめて10代の教皇を〈ルネサンス教皇〉と呼ぶ。シクストゥス4世(在位1471‐84)はバチカン図書館を改造し,システィナ礼拝堂を建て,あるいはユリウス2世(在位1503‐13)は聖ペテロ大聖堂を建てたが,これらのことは教皇の霊的権威を少しも回復するものではなかった。 中世におけるキリスト教のゲルマン化は,上述のように教皇権と皇帝権との対立のなかで自由と抵抗権の確保をめぐって起こったが,これをさらに内側からみて,修道院の成立とそこから生み出された敬虔と学問について述べねばならない。…

【システィナ礼拝堂】より

バチカン宮殿内にある礼拝堂。教皇居城の付属礼拝堂として1475年シクストゥス4世によって建立された。〈システィナ〉とは〈シクストゥスの〉の意。…

※「シクストゥス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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