シナ熱(読み)しなねつ

世界大百科事典(旧版)内のシナ熱の言及

【典礼問題】より

…中国,明末・清初,カトリック教会が中国で布教するに際し,中国人信徒にどこまで中国伝統の典礼を許容しうるかという点をめぐって引き起こされた論争。マテオ・リッチの死(1610)前後からイエズス会解散までの160余年にわたる大論争であった。カトリックの東洋布教に先鞭をつけたのはイエズス会であるが,軍隊式に組織されたこの会は,布教に関してはきわめて現実的な方法を採用していた。現地での排外思想をあおらぬため,大学者として権力者に接近し,現地の宗教とカトリックの教理との妥協も辞せず,活動資金を得るためには商業活動もいとわなかった。…

※「シナ熱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む