世界大百科事典(旧版)内のジェームス・槙の言及
【小津安二郎】より
…晩年は日本的な伝統美に回帰し社会問題に背を向けたと批判されたが,その作品には戦争がたえず不在の影を落としているし,不動の構図が切りとる現実の断片は,一貫して生の過酷さと甘美さとを漂わしていた。初期のサイレント作品の脚本や原案,そしてギャグマンのジェームス槙は,大森のゼームス坂からとられた小津のペンネーム。サイレント時代の作品の大半は失われて見ることができない。…
【淑女は何を忘れたか】より
…下町の風俗描写を好んで描いていた小津が,山の手の有閑階級の恋愛ゲームという軽い題材を扱い,会社から初めて一流スターの栗島すみ子を与えられて,彼女の扮する有閑マダムに小津映画の常連だった斎藤達雄をゴルフ好きの夫の役で配し,この倦怠期の夫婦が京都から遊びに来た姪のモダンガール(桑野通子)にふりまわされるというしゃれた〈ロマンティック〉な設定にした。脚本は伏見晁とジェームス・槙(小津を中心にした共同シナリオライターたちの合同ペンネーム)で,ハリウッドの艶笑喜劇(とくにエルンスト・ルビッチュの〈ソフィスティケーテッド〉な結婚・離婚喜劇)に対する小津の執着がうかがわれる。【蓮實 重】。…
※「ジェームス・槙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」