ジグムント・アウグスト(読み)じぐむんとあうぐすと

世界大百科事典(旧版)内のジグムント・アウグストの言及

【ポーランド】より

…69年にルブリンで開催されたセイムにおいて,ポーランドとリトアニアの統合が決定された(ルブリンの合同)。(3)空位期,国王選挙 ところが〈旧法執行運動〉のよき協力者であり,またルブリンの合同の積極的な推進者でもあったジグムント・アウグストが,子どもに恵まれないまま1572年に死んだため,ポーランド王国は最初の空位期と最初のシュラフタ全員による国王選挙を経験することになった。73年にワルシャワで最初の国王選出セイムが召集され,フランス・バロア家のアンリ(のちのフランス国王アンリ3世)が選ばれ,ヘンリク・バレジHenryk Walezyとして即位した。…

【ヤギエウォ朝】より

…ポーランドの王朝(図)。1386‐1572年。ピアスト王朝の後を継ぐ。リトアニアに発祥。リトアニア大公位を兼ね(1377‐92,1447‐92,1492‐1572),一時ハンガリー王位(1440‐44,1490‐1526),ボヘミア王位(1471‐1526)をも支配した。15世紀後半~16世紀におけるヨーロッパ最強の王家の一つである。 リトアニア大公ヨガイラJogaila(ポーランド名ヤギエウォ)は,1386年にピアスト朝最後の君主ヤドビガ女王Jadwigaと結婚し,新王朝を創始,ブワジスワフ2世Władysław II Jagiełłoと名のる。…

※「ジグムント・アウグスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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