ジャティネガラ(読み)じゃてぃねがら

世界大百科事典(旧版)内のジャティネガラの言及

【ジャカルタ】より

…町は運河に沿って南へ延びて現在のコタ地区が形成され,18世紀半ば以降はウェルテフレーデン地区(現在のジャカルタ中心部)に教会,広場,総督府,法学校,市庁舎が,また1877年から1917年にかけて東方のタンジュン・プリオクに新しい外港が建設された。さらに,南東方のメーステル・コルネリス地区(現在のジャティネガラ)に軍施設が設置されて町の外縁はいっそう拡大した。1873年に南約50kmのボゴールとの間に鉄道が,81年以降は市街電車が開通し,町の中心部には電信局,電話局,郵便局等が建設された。…

※「ジャティネガラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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